にび色の空から、ぱらぱらと吹きつけるみぞれが痛い。
急激に冷え込んでも、発走機につくと、もう寒さは感じなかった。屋外スタンドから、ちゃんちゃんこ姿のおじさんのしわがれ声がとぶ。
「がんばれよ~」
1月某日、“湯の町”の伊東温泉競輪場。本番レースと同じ流れで『展示訓練』が進む。オレンジ色の7番車の中川諒子は大きく、深呼吸した。気分が高揚する。
「ほんとうのお客さんがいると、気分が変わります。いいですね。思いっきりレースをしたいナ、いいところを見せたいナ、という心境になりました」
故郷、熊本弁のイントネーションが耳に心地よい。朴訥、かつ頑固な「肥後もっこす」がペダルをこぐ。ジャンが鳴る。ラスト1周(333メートル)でダーッと先頭に飛び出した。
冷たい風雨をつき、疾走する。雨粒が飛び散る。向かい風にもがく、もがく。最後にさされて、2位でゴールした。
ざっと3時間後。レースを振り返る顔は、悔しさで口元が少しばかり歪んでいた。
「周りがどうのこうのじゃなく、ラスト一周のホームから仕掛けようと決めていた。最後、さされた。(力が)もたない。まだ力不足のところがあるのかなって。相手は勢いがあるので、結構、シュッとやられました」
展示訓練は本番に向け、己との戦いを強いられる。競輪場入りした後、車体を整備し、からだをあたためていく。出走時間から逆算し、自分で考え、準備していく。むろんレースも同じだ。作戦を練り、終われば、どこが足りなかったのかをとことん考える。失敗したら、失敗からまた学べばいいのだ。
あと2カ月で競輪学校を卒業する。やがてプロデビュー。最近、意識が変わってきた、とつくづく思う。
「とくに発走機についた時、これが仕事になるのかなって思いました。職業になるのだナってすごく感じたのです」
ファンから車券を買われることになる。お金と夢を託される。責任感が膨らむ。
「なんか、もっと練習をしなきゃいけないナ、絶対勝たなきゃいけないナ、と思います」
素質は文句なしだ。
熊本出身。子どもの頃、よく祖父に連れられて、学校のトラックでかけっこをしていた。「はやいぞ」と言われると、無性にうれしかった。走るのが好きになった。
中学では陸上部がなかったので、バレーボール部に入った。熊本第一高校で陸上部に所属し、冬のトレーニングとしてバーベルを持ち上げていた。ウエイトの記録が急激に伸びた。ウエイトリフティングの全国大会に出場したら、上位に食い込んだ。
「どんどん重量が上がるのが楽しかったんです。最高が全国3位だったので、いちどは優勝してみたいナ、と。まだまだ記録は伸びると思っていました」
早大に進んだ。わが後輩と思うと、なぜか親近感をおぼえる。ウエイトリフティング部に入り、甘いキャンパスライフとは決別した大学生活をおくる。
ウエイトリフティング、即ち重量挙げは根源的な競技である。鉄塊を頭上へと差し上げる。単純だから奥が深い。肉体と技術、精神力が渾然一体となる。抜群の瞬発力もケイリンにつながっている。
モットーが『継続は力なり』。努力精進をつづけ、ついに全日本学生選抜で優勝した。大学でウエイトリフティングをスパッとやめ、九州に戻り、JR九州に就職した。
「フツーのOLになろうと思って。だって、フツーの女の人にあこがれていたんです。こう、“アフター5”を楽しむ女性。おしゃれして、レストランで食事して、買い物を楽しんで。ふふふ」
笑うと、キュートな八重歯が口元にのぞく。ちょっとチャーミング。生徒仲間から、「八重歯の八重ちゃん」とからかわれる。
「八重歯はチャームポイントとは思っていません。よく八重ちゃんといじられるんですけど、プロ選手になったら抜くからいいよ、と言い返します」
八重歯を“抜く”という意味か、レースで仲間を“抜く”という意味か。「おっ、抜くの掛け言葉!」と言えば、ひとりで笑い転げた。
ところで、念願のアフター5は。
「性に合いませんでした」
2年半、JR九州で勤務した。
佐賀から、競輪発祥の地の小倉と職場を移り、車掌もしたこともある。でも「てっちゃん」ではない。とくに不満はないけれど、なんだか物足りない生活をしていた。
そんな時、東京に住む姉から電話をもらった。「新聞、見た?」ときた。
「なんの?」
「女子ケイリン復活って書いてあったよ」
エッと驚いた。兄がS級の競輪選手の誠一朗(85期)。競輪を見て、やってみたいな、という思いがどこかにあったのだろう。コンビニにスポーツ新聞を買いにいって、女子ケイリンの記事を何度も読んだ。
女子ケイリンをやる、と即座に決めた。その日の夜、両親に電話を入れ、決意を伝えた。兄に教えてもらい始めたけれど、よりいい練習環境を求めて、女子ケイリンを目指す選手が集う新潟・弥彦の『CLUB SPIRITS』のメンバーとなった。
「兄の存在が一番、おおきい。ただ、お兄ちゃんの練習風景は見たことがなかった。もがいているところなど知らなかった。ただ自分の力でカネを稼いで生きていく、自由な暮らしをしているナ、というくらいにしか思っていなかったんです」
実際の競輪選手の努力はすさまじいものがあった。一に努力、二に努力、三、四がなくて、五に努力なのだ。負けじ魂の固まりは競輪の厳しさを知り、さらにたくましくなってきた。兄と同じく、日本のナショナルチームのメンバーにも選ばれた。
「リオ五輪はともかく、ロンドン五輪は現実的には難しいかなと思います。まずはケイリン選手。目標は、常に勝つ選手、強いから注目される選手になることです」
好きな食べ物が、焼き肉、寿司、ピザ、プリン。とくに焼き肉なら、カルビーとハラミがいい。嫌いな食べ物は、らっきょう。趣味が旅行、ショッピング。
「何でも、好きなものを好きな時に買えるような生活がしたいんです。靴でも服でも。それが楽しみです。ふふふ」
努力はウソをつかない。
兄の背を見て、27歳は歯を食いしばってきた。だから兄にも学校の仲間にも、負けるわけにはいかない。
夢は。
「やっぱりナンバーワンです。勝負事だったら、何でも負けたくない。一番つよい人になりたいんです」
肥後もっこすの目がこわい。覚悟を決めると、鋭い眼の光になるのだ。でも笑うと八重歯がのぞく。目と八重歯。そのコントラストがまた、いいのである。
松瀬 学(ノンフィクションライター)1960年、長崎県生まれ。早稲田大学ではラグビー部に所属。83年、同大卒業後、共同通信社に入社。運動部記者として、プロ野球、大相撲、オリンピックなどの取材を担当。02年に同社退社後、ノンフィクションライターに転身。人物モノ、五輪モノを得意とする。著書に『汚れた金メダル』(文藝春秋=ミズノスポーツライター賞受賞)『五輪ボイコット』(ともに新潮社)『サムライ・ハート上野由岐子』(集英社)『匠道~イチローのグラブ、松井のバットを創る職人たち』(講談社)『武骨なカッパ 藤本隆宏』(ワニプラス)『ラグビーガールズ』(小学館)など多数。






